最近、踏み絵みたいな話題が増えて面倒くさいなあという話。尖閣、竹島、原発、生活保護とか


昔からビジネスマンが触れちゃいけない話題として、政治・宗教・野球が挙げられてきたわけですけれども、どうも最近その手のタブーが増えた気がして息苦しいなあと思う次第。

例えば尖閣諸島問題。
強硬論を唱えなきゃ国賊扱いな空気が一部に醸成されつつあるような気がします。私のような金の亡者は強硬だろうが軟弱だろうがどっちでもかまわないので、経済的に一番利のある選択をすればいいと思うんですが、そのための冷静な議論すら許されない雰囲気を感じていたり。

例えば竹島問題。
嫌韓を唱えなきゃ(同上)。
別に政治的な関係がどう変わろうが、KARAは変わらずかわいいしキムチは変わらずおいしいので、それはそれ、これはこれと、切り離して別個の問題として捉えるのが大人ってもんじゃないでしょうか。

例えば原発問題。
推進派、継続派、ゆるやかな脱原発派、急進的脱原発派の4つに立場は分かれていると思うんですけれど、どうも議論が先鋭化してしまって推進派vs急進的脱原発派の対立に置き換えられてしまうことがしばしば。
どっち派にも一理あるとは思うけど、議論の作法ってものを知って欲しいと思う次第。

例えば生活保護。
近頃ではだいぶ下火になりましたけれども、あの叩きようは集団ヒステリーとしか思えませんでした。社会福祉にただ乗りする人が腹立たしいのはわかりますけれども、そこを厳しくしすぎると、自分や自分の身内に何かがあったときに跳ね返ってきます。
あなたたちはマゾなのかと小一時間ほど問い詰めたくなるけれど、「公務員並みに民間の給料を上げろ」ではなく「公務員の給料を民間並みに下げろ」という国民性を考えるといろいろげんなりして口をつぐみたくなる次第。

貧すれば鈍す、とはよく言ったもので、つまるところ経済的な閉塞感から来るストレスのはけ口をみんな探していて、政治屋さんたちがそれを煽っている印象。

3.11の直後は日本国民全員が聖人君主みたいな面持ちだったのに、たった1年ちょいでこの有様なのは、喉もと過ぎれば熱さを忘れるという格言のとおりだなと変な納得をしてしまう今日この頃です。

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