失敗したら叩かれるのが当然なだけに、失敗を認めるのはむずかしい


こんな記事を読みました。

起業して3ヶ月で会社を崩壊させて思ったことと、近況報告です。(shunsuke’s blog)

学生企業をした筆者が、わずか3ヶ月で会社をつぶしてしまったことを明かし、その過程を赤裸々につづった記事です。

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応援する声も多いですが、同じくらい馬鹿にしたり未熟を責める声が多い印象です。まあ、仕方がないですよ、失敗したんだから。

なんだかくどくどした説明になるんですが、失敗はマイナスです。人生経験だなんだと取り繕っても、失敗したその時点では負の状態。「ここがいけなかった」「もっとこうすればよかった」「考えが甘い」「軽率だ」などなど、ほとんどの批判はおっしゃるとおりで、甘んじて受け入れるしかないわけです。逆ギレはできても反論の余地はあまりない。なにしろ失敗した人間の言葉には説得力がありませんから。

だからこそ、失敗を受け入れるのはすごくむずかしい。勇気がいる。

むしろ逆によく見かけるのは、実際は失敗しているのにごまかして失敗を認めない状態です。失敗を隠したまま、地雷を残して当人はそ知らぬ顔で現場から去ってしまうこともわりとよくある。なんかそっちの方が傷つかないし、大人の対応な気もする。

なんでしょうねえ、これ。

ただ、失敗を認めなかったり隠したりするリスクってでかいんですよ。早いうちに処理をしておけばそう大きな問題ではなかったことも、対処を先延ばしにするうちにだんだん大きくなってしまう。やがて隠し切れなくなったときに、バーンと弾けてひどいことになったりする。

あと、精神衛生上もよろしくない。失敗を隠している状態は、常に懐に火のついた爆弾を抱えているようなものです。爆発しねえかなあ、爆発しねえよなあ、なんて毎日をヒヤヒヤしながら過ごさなきゃいけない。これはなかなかつらいですよ。

そんなわけで、元記事の筆者さんは「失敗を開示する」という点では正しい選択をされた気がします。そのタイミングで会社を終わらせたことの正否は記事を読んだだけではなんともいえないけど。

もしここで失敗を開示しておらず、それを隠すようにしていたら、一生とはいわないまでもかなりの期間をおびえてすごさなければならなかったんじゃないでしょうか。このように失敗を認めたことで、リスタートまでの時間をぐっと縮められたんじゃないかなと。

記事を読んで感じることは人それぞれでしょうが、個人的にはたいへん好感した次第。私には大学を中退するとか、学生企業をするだとかそんな勇気はなかったし、筆者の年齢で潔く失敗を公開しようなんて発想にも至らなかったと思うので。

ぜんぜん知らない人だけど、がんばれよーとエールを送りたいなと思いつつ、私自身も失敗に対して誠実に向き合えるようになろうと自戒した次第。

いや、勇気があるとかないとかじゃなくて、そろばんを叩くと失敗はさっさと認めた方が得に思えるんで、という打算的な理由なのですが。

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