もしも日本が理想のバリアフリー社会だったら


「五体不満足」の乙武氏が、入店拒否された飲食店を晒しあげしたとか何とかで賛否両論盛り上がっております。

炎上の発端となった乙武氏本人のツイートを含むまとめがこちらです。

乙武洋匡さん、銀座の「TRATTORIA GANZO」に「車椅子だから」と入店拒否される(追記あり)(togetter)

それに正面から反発しているのがこちら。

調子に乗るなよ、乙武とその取り巻きどもよ(今日も得る物なし)

賛否両論吹き荒れる中で、冷静に中立な立場から騒動を評しているように思えたのがこちら。

釣り解説”乙武洋匡さん、銀座の「TRATTORIA GANZO」に「車椅子だから」と入店拒否される”(togetter)

他にも色んな記事があるんですが、どれも一理あるようで完全には腑に落ちませんでした。仕事柄、個人経営の飲食店の厳しさも知っているし、かといってアクセサビリティへの配慮も軽んじるわけにはいかず、非常に難しい問題であるなあと判断を保留して横目で見ていたかんじです。

そんな中で目に飛び込んできた記事がこちら。

乙武氏入店拒否事件に対してカルフォルニアから(togetter)

カルフォルニアでは、handicap access(≒バリアフリー?)でなければ飲食店の開業許可が下りないんだそう。狭い土地に雑居ビルをおっ建てて飲食店を詰め込んでいる東京では考えられないほど厳しいですね。

ツイートされている@hkmurakamiさんも断言は避けておられますし、老朽化した設備で営業している老舗もあるでしょうから、実際にはせいぜい新規開業に対する縛りなんじゃないかなと思うんですが、それでも日本と比べると断然です。

土地の広いカルフォルニアなら平屋の店舗が多いだろうから対応もしやすかろうとか、いろいろ条件の違いはあるんですけれども、単純に各店での障害者への配慮レベルでいえば日本より上なんでしょうね。(「各店での」と書いたのは、日本の都市のように徒歩圏(車椅子圏)に豊富なお店が揃っているわけではないだろうと思ったから。自動車で1時間かけないとバリアフリーの店にたどり着けないなら、それはそれでバリアがあるわけで)

この記事を読んで考えたのが、途中の軋轢は無視をして、もし日本で理想的なバリアフリーが実現できていたらどうなっているんだろうかということです。法令でバーンと強制してしまって、何十年化してバリアフリーが当たり前になっていたらどんな感じなのかをちょっとイメージしてみました。

理想的にバリアフリーな飲食店

2階の店でも、地下1階の店でも広いエレベーターがついていて、車椅子利用者と介助者が余裕を持って乗れます。さらに盲導犬がセットでもまだ余裕です。しかも、ワンちゃんが不安に思わないようモーター駆動音の小さい消音タイプ。

店に入るとその広々としたレイアウトに驚かされます。車椅子はもちろん、小錦関のような超重量級の方がやってきても問題がないよう、通路も座席もたっぷり余裕のある設計です。当然のことながら段差なんて一切ない。

嫌煙家にも愛煙家にも配慮して完全分煙。トイレは障害者対応なんて当たり前で、赤ちゃん連れでも安心して利用できるようおむつ交換用のスペースも確保しています。

メニューは視覚障害者に配慮して大型フォント版や点字版を完備。声が出せなくても注文できるよう、タッチパネル式の注文ボードも全席に備えてあります。触覚以外何もないヘレン・ケラーみたいな人にはどうやって対応したらいいのかわからないけど、とにかくそういう人がひとりでふらりとやってきてもちゃんと対応できるみたいです。

アレルギーの人に配慮して、原材料の成分表示はもちろんのこと、意図せぬ混入に備えて高度な分析器が設置してあります。うどんの茹で汁とそばの茹で汁が混ざってしまっても、事前に感知できる仕組みが整っているのです。

さらに、ハウスシック対策も完璧。法隆寺のように天然木材オンリー設計。天然木材のフィトンチッドに弱い人がいるかもしれないので、換気対策もばっちりで、それでもダメな方ように宇宙でも活動できるレベルの気密服も用意してあります。

気密服でどうやって食事するんだって話もあるかもしれませんが、それはそれ、きっと頭の良い人が解決してくれるでしょう。

理想的にバリアフリーな住居

なんか飲食店で書き尽くした感があるんですが、ええと、ギックリ腰で動けなくて、介助者がいなくてもなんとか生きていけるかんじが望ましいです。

いや、ホントそれで死を覚悟したことがあるんで、深刻ですよ。

各家庭に完全自立型のアンドロイドを置いて、何があっても完全にサポートできるようにしましょう。それが難しいなら、せめてナースコールを全世帯に設置する感じでお願いします。

理想的にバリアフリーな交通

まずは電車ですね。車椅子やベビーカー、盲導犬を連れた方が乗り込んでも他の乗客のスペースを圧迫しないよう、現在の3倍くらい広い車両を用意しましょう。

痴漢被害への恐怖とか、痴漢冤罪への警戒がバリアになって電車に乗れない人もいるでしょうから、いっそのこと完全個室がいいですね。インフルエンザなどの感染症の拡大も防げて一石二鳥です。

バスもけっこう問題を抱えてますよね。時間通りに来ないとか、時間に追われるサラリーマンにはけっこうなバリアです。いや、時間を守れないという点では電車も一緒です。世をはかなんだ人が中央線に飛び込むだけで、都心の公共交通は遅延時間✕乗降客数という、のべ何万時間もの被害を生むわけですよ。

そもそも、定刻の交通機関に乗ることでさえ苦痛な人もいるはずです。車椅子の方や視覚障害者が駅まで行くのはたいへんでしょうし、低血圧の人は朝起きること自体がつらいんですよ。

そういう事情を最大限吸収できるものといえば、やっぱり「どこでもドア」でしょうか。どこでもドアさえあれば移動コストがほぼゼロになり、先に上げた2つの問題も解決しやすくなります。飲食店や住居にスペースが足りないのって、移動効率のよい場所に集中的に人間を配置しようって発送の結果なわけじゃないですか。

北海道の原野にも、銀座の一等地にも同じ時間で行けるなら、わざわざ特定のエリアに集中出店する必要なんてないわけです。

書いているうちになんだかどんどんファンタジーな方面に突き進んでしまいました。書きはじめる前は、「あれ? 障害者が住みやすい世の中って、健常者にとっても住みやすい世の中なんじゃない?」って〆るつもりだったんですが。

えーと、なんだかよくわからなくなっちゃいましたけど、科学者はどこでもドアを一日も早く実現すべきだと思いました。

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