「天冥の標(小川一水)」全巻 感想 | ネタバレあり


超長編SF小説「天冥の標」の感想です。どこかの書評で見かけて面白そうだなあと思って買いました。全10巻だそうで、かなり壮大で骨部なストーリーが繰り広げられるみたいです。

1巻から順繰りに書い足しつつ読みました。長編でも、完結作品は安心して読めるのがいいですね。最終回を迎えないまま音信不通になってしまう作品は少なくありませんので、完結済みのものにはたいへん手を伸ばしやすいです。

それで、1~2日に1冊くらいのペースで読み進めていたんですが、6巻目のパート3を読んだ後にですね、Kindleストアをいくら探しても7巻が見当たらないんです。あー、まだ7巻以降は電子書籍化されてなかったのかと、仕方がなしに通常書籍を探すわけです。

おかしい、7巻がない。

そろそろ不審に思ってですね、6巻パート3の発刊日を確認するわけですね。

「2013/3/29」

……これ、まだ完結してなくね?

ここに至ってはじめて気がついたわけですが、「天冥の標」は全10巻構想の“刊行中”の長編作品だったとのこと。ダダーめ! このリキッジ、シーベルトが!

年に1~2冊くらいの割合で発売されるみたいなんで、あと3~4年で完結するんだと思いますが、ああ、面倒くさいものに手を出してしまったなあ。つまらなければここでぶった切ってしまえばいいんですが、面白いだけに続きが気になる。でもあんまり間隔が開くとそれまでの内容を忘れてしまう。

オーケー、わかった。ならば腹を決めよう。このエントリに継ぎ足し継ぎ足し感想を書いて、物語の完結まで付き合おうではないか。ルッゾツー・ウィース・タン!

というわけで、前置きが長くなりましたが感想です。「天冥の標」面白いっす。数年かかっても完結まで追いかける価値のある作品だと思ったので初読の感想を書き残しておきます。

つうかね、何がすごいって、序盤に張られた伏線が巻をまたいで次々に回収され、また新たな伏線を残していくところに作者のストーリーテリングの妙を感じるんですよ。

あ、以下はネタバレ満載なのでご注意ください。

天冥の標 I メニー・メニー・シープ (上・下)

壮大な物語の開幕です。太陽系から遥か離れた植民星「メニー・メニー・シープ」で繰り広げられる内紛が物語の主軸となります。酸素不要で溺れることのなく、体内電力を動力としてコイルガンを放つ「海の一統(アンチョークス)。強力な感染力を持つ疫病「仮面熱」の保菌者である謎の美少女型甲殻生物イサリと、その同族である咀嚼者(フェロシアン)。医者であるカドムの家に仕えるやたら頑丈なロボット、フェオドール。植民政府に使役される昆虫型異星人「石工(メイスン)」たち。植民星にエネルギーを送る役目を果たす動力炉を持つ難破宇宙船「シェパード号」に、そこにあるはずのない地下に眠る「戦艦ドロテア」、性愛で人に奉仕することを目的に生み出されたアンドロイド「恋人たち(ラバーズ)」などなど…物語を彩るキーワードを並べるだけでもカッチカチのSF臭。こいつはたまりません。

物語自体も謎あり、エロスあり、戦争・政争ありとまったく飽きさせません。少年ジャンプなら風呂敷をたためないまま完結を迎えられないタイプの作品ですが、次巻以降を読んでいくと、これらの伏線が徐々に回収されていく(謎も増えるけど)のがわかり、完結が実に楽しみになります。

天冥の標Ⅱ 救世群

前巻は「おい! そこで終わるのかよ!」という引きを持たせたエンディングでした。続きはどうなるのか……と思ってページを繰れば、まさかの現代(正確には近未来)。謎の疫病「仮面熱」の祖先が、実は地球で猛威を振るった「冥王斑(プルート・スポット)」であることがわかります。

謎の疫病と戦う医師・患者たちの奮闘を主軸に、秘書AI「フェオドール」を乗っ取る謎の情報生命体や、感染源である6本足の猿「クトコト」などが現れます。

ほんの数%の関門を潜った「冥王斑」の生存者は救世群(プラクティス)と呼ばれ、その血液からワクチンを作って冥王斑対策に文字通り「血を流して」貢献しますが、回復しても感染能を保ち続けるために民衆から迫害にも合います。

最初期の回復者である少女「千茅(チカヤ)」を中心にプラクティスたちは団結しますが、ついに太平洋の孤島に隔離されて…というところで終了。またかよ! またそんな終わり方かよ!

天冥の標III アウレーリア一統

3巻目は突然宇宙時代です。木星探査のシーンからはじまります。木製の大赤斑の中心にある「ドロテア・ワット」という謎の異星人遺跡に挑む調査隊、っつうか軍隊。6本足の猿「クトコト」もここに現れます。お前ら木星出身だったのか。つうか、ドロテアって海の一統に伝わる戦艦じゃなかったの?

ドロテア・ワットの事件からまた時代は飛んで、太陽系を股にかけて暴れまわる海賊組織エルゴゾーンと、それを狩る「酸素いらず(アンチ・オックス)」たちの戦いが描かれます。アンチ・オックスは人体改造を重ねた人類で、体内電気を蓄積することにより、二酸化炭素を電気分解して酸素を得ることで、宇宙でも生身で活動できるようになった人々。なるほど、1巻の「海の一統(アンチョークス)」はこれが訛ったものだったんですね。

1巻で登場した「ルッゾツー・ウィース・タン」という謎の掛け声の語源も明かされます。アンチ・オックスの国ノイジーラントの開国の祖が遺した「Loss O2, we stand(酸素はなくしたが、我々は立っている)」という言葉が元でした。こういう過去の伏線とつながっていくかんじが次々現れるのがこの作品の醍醐味のひとつです。

エルゴゾーンとアンチ・オックスの戦いは、辺境の星に追いやられていた救世群を巻き込んで、太陽系を駆けまわる一大抗争に発展します。やがて戦いの舞台は異星文明の遺した超古代遺跡ドロテア・ワットに。でも実は一連の戦いは情報生命体ミスチフとフェオドール(ノルルスカイン)の因縁に依るもので……。

3巻でもなお風呂敷を広げに来るとか、小川一水とはなんという作家だ。あ、後々非常に重要になるロイズ非分極保険団もこの巻が初登場です。

天冥の標Ⅳ 機械じかけの子息たち

また舞台は飛んで、宇宙時代の労働者階級が夢に見る楽園的風俗都市「ハニカム」の話です。作中の他の言葉で言い換えると「軌道娼界(オービタル・ブロランド)」。廻る吉原的な。いや、冗談じゃなく、マジで。

1巻で登場したアンドロイド集団「恋人たち(ラバーズ)」の起源にまつわる話なんですが、とにかくエロいです。物語の半分は主人公キリアンとヒロイン アウローラが「混爾(マージ)」と称する最高のセックスを目指すために費やされます。おまけに敵方はドS美少女軍団「聖少女警察(ヴァージン・ポリス)」。何のエロ漫画ですか。

でも実は、VPですら仮の敵であり、ロイズ非分極保険団がまたしても暗躍していました。ラバーズの性格を理解するには必要な1巻だったと思うものの、さすがに文量割き過ぎじゃないかなあ。しかし、意味もなくエピソードを挟む作家とは思えないので、最終巻までにかけての伏線回収に期待。

天冥の標 V 羊と猿と百掬の銀河

主人公はまさかの宇宙農夫! いや、もう、なんというかこの作家の縦横無尽ぶりにとてもついていけません。宇宙農業についてのSFっぽい薀蓄を垂れつつ、物語はしっかり進行するんだからすげえ。

とはいえ、メインは「ダダー(偽薬売り/情報生命体)」、温和なダダー「ノルルスカイン」、冷酷でいたずら好きなダダー「ミスチフ」の由来について語っているのがメインかな。

1巻で「ダダー」や「ミスチフ」が侮蔑語として用いられているのが気になるところ。この時点で情報生命体の存在を知っていたのはわずかだし、1巻で登場した人々もダダーはAIかシェパード号の乗組員としてしか認識していなかったはず。それがどうして、罵倒語もしくは神として残ったのか?

天冥の標 Ⅵ 宿怨 PART1、2、3

ハイパー急展開な6巻目。上中下ではなく1,2,3である辺り、作者も何巻で収められるか目算がつかなかったんじゃないでしょうか。

ロイズ非分極保険団の御曹司と、プラクティスの巫女イサリとのボーイ・ミーツ・ガールなジュブナイルな展開からのテロリズム、人体改造、ジェノサイド。ホント誰得ですかこれ。あ、この頃にはすっかり初代プラクティスの指導者チカヤは神格化されており、彼女の行動・言動を収めた書が聖典とされています。わーぉ。

この巻でわかるのは、1巻で現れた圧倒的な殺戮者「咀嚼者(フェロシアン)」と、昆虫型異星人「石工(メイスン)」の起源です。メイスンがなぜあれほどにフェロシアンを恐れていたのかがわかります。「ダダーとの契約」の内容はまだわかりませんが。

咀嚼者の正体は、恒星間航行さえ可能とする超文明を持つ異星人「穏健な者(カルミアン)=後の石工(メイスン)」のテクノロジーによって人体改造をしたプラクティスだったんです。

プラクティスはカルミアンによる人体改造によりすさまじい武力を持ち、巧みなテロ戦術と組み合わせてついに太陽系を掌握します。数百年に渡る虐げられた歴史の復讐とばかりにやりたい放題。しかし、人体改造の代償は生殖能力の喪失でした。そのため、プラクティスはカルミアンを激しく恨むようになったわけです。

この巻のラストでは西暦2500年頃なわけですが、もう人類絶滅寸前といった様子で、とてもこの直後から拡散時代(バルサム・エイジ)と呼ばれる恒星間植民時代がはじまるとは思えません。大体、300年も経ってるのに救世群のイサリがメニー・メニー・シープに現れるってどういうこと? いまいち活用できなかったかんじの冷凍睡眠技術で地下に眠らされていたんでしょうか。

1巻で現れたノルルスカインを名乗るラバーズも、性格を考えると実はミスチフだったのかもしれません。結局目的がよくわかりませんでしたし。

そういえば、ノルルスカインが「超光速の通信や移動手段は存在しないんじゃないか」とも言っていました。1巻ではそういう通信技術が使われているという話でしたが、肝心の通信に使われているはずのアンテナが存在しないって描写もさらりとされていたんですね。つまり、植民星政府が通信していた相手など実にはそもそも存在していなかった可能性が高く、メニー・メニー・シープは完全に孤立していたと思われます。

また1巻に登場した人物が「星連軍戦略艦隊第三先遣艦群、亜光速投射艦「鯨波」でメニー・メニー・シープに“追いついた”」という表現をしてます。

作品を読んでいない人は置いてきぼりで推測を重ねますと、メニー・メニー・シープとは太陽系の混乱を避けて脱出したドロテア・ワットそのものなんではないでしょうか。拡散時代なんてものはそもそも存在せず、勝手に単独で逃げてきたんです。それが300年の月日を経て、ドロテアに蓄積された膨大な電力を使い果たしてしまい、節電を余儀なくされ、地下に押し込めていた冷凍睡眠状態のフェロシアン=甲殻改造したプラクティスの覚醒を招いたのが第1巻の真相ではないかと。

そこへ、冥王班の大流行を乗り越えた太陽系人類が300年をかけて追いついたんではないでしょうか。

なんか辻褄の合わないところがそこかしこにありそうなんですが、作家さんの手のひらで転がされるのもまた一興ですので先読みはこれくらいで。

続刊の発売を心待ちにしたいと思います。発売されるたびに書き足して行こうと思う所存。

follow us in feedly

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です